2011年03月21日

【番外編】おめでとうございます

 会長家にお世継ぎが生まれられたということで、拝顔してまいりました。

 とっても元気な男の子です。ちなみに、顔のサイズが生まれたばかりの川太郎や川次郎の半分、いや1/3くらいしかありません。

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 来月は花鳥の結婚式、その翌月はアズマックスの結婚式とめでたいことが続きます。コニーはいつになんのかな。「3万円払うのもったいないから、結婚式には呼ばないでください」とか言ってたらあかんでー。

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2011年03月20日

06 兵庫の川を下る〜第4弾〜(引原川1◆102本目)

水位:0.64→0.66m(上野) 水量:5.08t(引原ダム放流量) 気温:10℃(一宮) 天気:曇りのち小雨
区間:音水橋〜上野発電所(約10.2km) 所要時間:約3.75h メンバー:tomoさん

 幼少期は尼崎の猪名川沿い(淀川水系)にて過ごしました。春先は川原を埋め尽くすほどの菜の花が咲き乱れ、モンシロチョウが飛び交う美しい光景を見せてくれましたが、夏場になると悪臭を放ち、瀬枯れする今思えば悲惨な川でした。子供の頃の小さな世界の中で川といえば、この猪名川を筆頭に、藻川(猪名川の分流)、武庫川、神崎川(淀川の分流)がそうでした。帰省時に遊びに行っていた、両親の実家の近くを流れる川(宮崎県の綾北川、本庄川)が、真逆なまでに美しい清流なだけに、自分の住んでる周りにはドブ川しかないという思いはより強く感じていました。

 その後枚方(大阪)に転居して兵庫を離れることになりましたが、大学生になって再び神戸に住むことになりました。カヌーに出会ったのはこの時期でしたが、近辺に漕げるような川があると露ほどにも思っていませんでした。面白そうな川があるんやと認知し、興味を抱くようになったのは、社会人になって過去の川地図本を各地の書店を巡って買い漁り(当時は今みたいにamazonで楽々手に入れるという方法がなかった)、『カヌー 入門とガイド』や『日本の川地図101』に篠山川や武庫川の名前を見つけたのがきっかけでした。最初に篠山川下りが実現するまで、5年ほど要しましたが、その後下った武庫川、揖保川、いずれも幼少期に培った「ドブ川」のイメージを大きく打ち破るよき体験となりました。
 なんや、兵庫って、どうしてどうしてすごいトコあるやん!

 新しい川を下るときはどこでも驚きと発見の連続ですが、兵庫の川の場合、幼少時の根強い「思い込み」があるので、インパクトがより強烈になっている気がします。それをこの年齢になって打破していくのはとても面白いし、気持ちのいいものでもあります。
 ということで、兵庫の川は、私にとって特別な意味合いを有するものでして、シリーズ化したいと思ってます。

 ◆第1弾…篠山川(加古川水系)59本目 2007年5月
 ◆第2弾…武庫川(武庫川水系)61本目 2007年7月
 ◆第3弾…揖保川(揖保川水系)69本目 2008年4月

 3年前の揖保川での1コマ。

 「揖保川の上流に引原川(ひきはらがわ)ってあんの、知ってます? なんや、どっかで聞いた話では『ロックガーデン』てのがあって、おもろそうですよ」

 「いやー、でも相当水ないと下れないって話ですよ」

 「へー、今日って結構多いほうと思いますけど(この日は山崎第二 -0.4m)。まあいいや、今日はどうせ下見する時間ないし、今度行ってみましょうねッ」

 すぐ行こうと思っていたのに、あれから約3年が経過しました。その間に30本以上下っているから、随分と空いたものです。
 引原川が流れる位置は、本川の揖保川と同じ宍粟市(しそうし)なんですが、読み方を忘れてしまったほどでした。

 「えー、何て読むんやったっけ? 『ししあわ』?」

 今日、奥さんからは、門限17時までの自由行動権をいただきました。本当にありがたいことです。引原ダム放流量は、4.8トンだった先週より微増して5.08トン。先週下見して充分下れる水量と分かっているので、もう楽しみでしかたありません。ラナもきっと同じ気持ちでしょう。いやいや、もっと穏やかな川がいいって?

 集合場所に指定した道の駅「みなみ波賀」までは、嫁さんの実家である三田から1時間ちょっとで着きます。川崎の自宅からちょいと御嶽に行くような感じで非常に近いです。途中、3年前に下った揖保川を通るんですが、前回のプットイン地点付近で大規模な護岸工事が行われている関係で、川は茶色に濁っていました。

 道の駅でtomoさんと合流し、テイクアウト予定地点として先週目星をつけておいた上野発電所まで移動。川に下りるスロープもあって至極便利なんですが、ここ、実は消防用水路とかで駐車禁止だったんですよね。付近を探し回って、結局tomoさんが交渉して近所のスーパーの駐車場を拝借することができました。
 荷物を1台にまとめて上流へ。できれば引原ダム直下から下りたいと思っていましたが、アクセス面などを考えると、音水(おんずい)橋が上限かなと。

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2011年03月19日

【番外編】王子動物園

 今週末も関西に帰省しました。
 停電だの、放射能漏れだの、ガソリン不足だの、買い占めだの、あまりいい話のないこちらと比べると完全に別世界です。

 先週に引き続き病院(結膜炎でした)に連れて行ったあと、神戸の王子動物園に久しぶりに訪れました。久しぶりといっても、確か幼稚園のころに行ったきりでは…。約30年ぶりの訪園であります。

 以前横浜のズーラシアに行ったときは興味津々だった川太郎でしたが、今はどちらかといえば怖い思いが先行しているみたいです。これも成長というんでしょうか。
 ゾウさんは小屋の中に帰りたそうです。やる気が見られません。

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 名物パンダは、あまりにやる気なさすぎです。

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 この写真見て吹きました。

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 カンガルーも負けじ劣らじのやる気のなさ。

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 園内の遊園地コーナーへ。川太郎のテンションが俄然上がりました。それにしても古いなあ。昭和の臭いがぷんぷん残ってます。30年前と変わってないんと違うんでしょうか。

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 全部の乗り物に乗ろうとしてたので慌てて連れて戻りました。

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 ひと乗りした後は、おかしタイム。どうやら川次郎も「花より団子」系みたいです。

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2011年03月13日

【番外編】週末

 えらい揺れでした。

 当時は、ビルの中にいましたが、窓から見える道路標識とか信号とか、折れるんちゃうかというくらい振れてました。ビル自体も、免震構造で安全なはずなのに、何度かバキバキッと嫌な音を立てて、壁から粉がパラパラと落ちていました。16年前と同じ、いや、それ以上。

 終業後は関西に帰るつもりだったんですが、首都圏の交通は全線不通なんでたぶんムリやろと諦めました。てゆうか、約20km離れた自宅に帰ることすら危ういかもしれません。自転車で帰ろうかと思いつきましたが、速攻で売り切れてました。考えることは皆同じみたいです。幸い、電気・水道は無事なので、このまま会社に一泊かなあなんて思っていましたら、19時半過ぎになって東海道新幹線復旧との情報が。ただし、地下鉄と小田急は相変わらず不通のままで「川崎の自宅には帰れないけど、関西には移動できる」という不思議な状況になってました。

 結局、当初の予定通り、関西に帰るという選択肢をとりました。JR東日本は止まったままなので、東京駅までは徒歩です。スーツケースと、旅行かばんを引いて、まるで商店街のように人ごみでごった返す線路沿いを歩きました。東京駅に着くと、大行列ができていました。ああ、乗れないのか…。再び会社に戻るか、このまま夜中までかけて自宅に歩くか迷いつつ、周辺をうろついていたら、どうやらこの行列は新幹線ではなく、タクシー乗り場に繋がるものだと気付きました。
 駅構内に入ると、駅前とは対照的にがらんとしていて、不気味な静けさが支配していました。切符はちゃんと売っていて、新神戸まで購入。全席自由席扱いに変わっています。座席は意外と空いていましたが、立ち乗りの人が大勢いました。横浜方面に自宅のある人たちでしょう。現時点では新幹線しか戻る手段がないわけですから。

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 ダイヤ上では19時30分ごろ出発の便でしたが、そもそも乗ったのが20時半、実際に出発したのは21時ごろでした。余震が続いているため途中で止まってしまう可能性もあります。そのことに気付いた時はちょっと後悔しましたが、動き出した後はもはやどうしようもない。何度か停止しつつも、24時半になってようやく新大阪まで到着しました。しかしどうやら、その先に進む気配はなさそうで、駅から出ざるをえません。JR在来線とか御堂筋線とか、当然終電過ぎてます。移動手段はタクシーしか残されていませんが、ここも長蛇の列で、とても乗れそうにありませんでした。まんが喫茶に移動してみたら、カウンタ周りで待ちの人が寝てるくらい溢れていました。駅で寝るしかないかあと戻る前に、そういやメシ食ってなかったと気付き、なか卯で遅い晩飯を取りましたが、店を出た直後にたまたま流しのタクシーを発見。26時を過ぎていましたが、無事に嫁の実家まで帰りつくことができました。

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ニックネーム ラナ父 at 10:32| Comment(0) | 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする